This is a penis.

東京ツェルニーラソド

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頭グルグル回転演奏の旅 その9

皆さんこんばんわ ノーダです

どんな状況かはわかりませんが、このブログをみて
思うところありとされている方が少しでもいることを
知って正しいピアノのあり方について更に考究していこうと
心感じるところです

こういうブログやツイッター、FBなどインターネットで情報を発信するときは
十分な予備知識や取材がかかせません。
言葉ひとつにしてもこういう場所での発言は気をつけなければいけない。
人にはそれぞれ立場というものがあり、立場代わると理解できなかったものが
理解できるようになるのです
ピアノ教師にいたっては社会的に強い立場です。
ピアノを幼少から学べる立場は弱者には難しいです。

それに関連して、極論かもしれませんが 私が想像できる最も弱い立場の
人間は胎児だと思います。その中でも飛びぬけて弱い立場なのは
無脳症の胎児だと思います。
彼らは発生当初から脳が無いか発達が微弱で母のお腹からでてきても
すぐに死んでしまいます。通常堕胎は妊娠初期にしか行なわれない
が、中期・後期でも堕胎を産科医がすすめる唯一の妊娠です。
これらの経験をされた方はもしかしたら無脳とは字違いの 無能 とか 脳足らず などという
言葉に違和感や悲しみを覚えるかもしれません。
ネットの中で言葉選びは圧倒的な知識の上に裏打ちされた
本当に繊細なものでなければならないのです。

ここ数十年でクソピアノ教師が子供に頭グルグル回転させることを教えるという
非常に残念な現象が起きています。このクソピアノ教師化は日本の社会が作り出した
構造的なものとも考えられるのです。今回は日本の社会構造の面から
話をすすめていきます。
日本は昨年人口が7万人減りました。小さな村が1つなくなったような印象です。
7万減ったといってもその減り方に非常に問題があるのです。
人口が減るのは人が死ぬからに他ならないのですが
医療が発達して日本人は過去や他の国と比較しても非常に長生き傾向なのです。
にもかかわらず人口が減っているということは
危険な水準で出生が減っているということになります。
子供は減っていますが、ピアノ教室や音楽学校の定員は変わらない為
こうした教育機関は子供の奪い合いをします。
奪い合いというよりも生徒が辞めないように生徒やその親に
迎合するようになりました。
あとは その6でお話した流れになっていきます。

ピアノのたしなみが無い親は子供の演奏を見て
姿勢よくぶっちょう面で弾いているよりも
眉間にしわを寄せ 鼻の穴を大きくし、頭をグルグル回転させていたほうが
気分がよいと感じるようです。
この文面だけ読むとそんなわけないと思う方が大半だろうが
現実は本当にそうなのです。
この親たちを満足させる子供の魅せるピアノ演奏のスタイルは
何も生み出さないどころかマイナス面が大きいのです。

ピアノが少し上手な子を始めたばかりの子が見て
頭を回転させると上達が妨げられます。
もちろんこの少し上手な子も上達が妨げられています。
子供たちの親は子供があたかも気分良さそうに弾いている
のを見てピアノとはこういうものだと思ってしまう。
演奏を聞かずにピアノを弾く自分の子供かっこいい なう に
なってしますのです。

クソピアノ教師はピアノは魅せるものだと思っています。
ノーダはピアノは聴かせるものだと思っているのです。
(あまりに当たり前すぎて書いていて少し情けなくなりますね、
そういう意味でもほんとにクソピアノ教師はクソです)

クソピアノ教師の魅せるピアノと言う考え方は
何も生み出さないどころか自分たちの首を絞めることに
なっています。

一方仮にピアノは聴かせるものだとすべてのピアノ教師が
考え教育の理念の中心になれば、
奏でる音を中心に考えるようになり
クラシックピアノの良さが
正しい音楽のあるべき姿が
日本の社会に浸透するはずです。
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頭グルグル回転演奏の旅 その8

世の中には本当にやるせないことがたくさんある。

乳児や幼児 いわゆる赤ん坊が親に殴られたり育児放棄されたりして
それでも何百という子供たちは自分の両親を信じ求め続け、しかしながらこの世を去っていく。

人間のエゴで生まれ商品として陳列され商品価値がなくなると
白い毒ガスの部屋に追いやられ泣きながら死んでいく何万もの子犬たち

この話を読んだ者すべてが心を痛めるわけではないという現実を
知ったとき、所業無常の響きが私の心を揺らすのである

ゆえに多くの笑顔やすばらしい感動を生むような
我々大人の振る舞いと言うのは、数々の責任という
重いフィルターを抜けた中にあるのだと言えるのです

私はこのブログで子供たちに悪いピアノ教育をする音楽教師を糾弾してきました。
未来ある子供たちのために人を批判すると言うのはそれだけの責任と
そしてあらたなる世界観への挑戦があるのです
そして多角的に誤まった音楽教育の現状を考えてきました
そこには数限りない 大人たちの無責任な醜態があるといえます

日本の音楽教育は大きく二つの流れがあります

ひとつは高校音楽科をでて地方音大で勉をとることと
もうひとつは高校進学科をでて中央の音大に進学することです
かつてはどちらを選んでも社会の受け入れはありましたが
現在は前者では壊滅的に残された道が狭いのです

実際にピアノがどちらがうまい傾向があるかというのは
主観的評価でしか敵わないが
印象としてはやはり後者であると感じる。
それを抜きにしても
日本では学歴の壁が立ちはだかる。
東京芸術大や国立音大をでましたというのと
地方音大をでましたというのではどうしても
会社としては前者を選択したいわけだ 、と言うのが現実
地方音大をでて社会で音楽的な成功を収めるには
相当の音楽的スキルと生産環境がなければ成り立たない
ですから 地方音大をでてもほとんど仕事がなく
音楽以外の別の道を歩むものが多いのですが、
逆に音楽を業となしている方々は
本当に実力のあるすばらしい演奏、教育をするのです。

日本の音楽教育を社会的に牽引しているのは
名実そろった者たちであるということが言えるのです
ところで今の子供のピアノの発表会を見たことがありますか?
昔は見られなかった傾向が客席で見られます
まずお父さんは自分の子供の演奏なんか聞いちゃいません
わが子の勇姿を撮影するべくガチャガチャ ピッピ
母親はと言えば知り合った友達のママとおしゃべり放題
もしくはなにやら機械の画面に夢中になっています
「娘 発表会 なう」
ピアノをやらない方は知らない事なのだろうですが

ピアノって練習大変なんですよ

一生懸命この日のために練習したんだから
自分の子供の演奏も含め出演者のすべてを動画に納めるとか
無駄話するとか じゃなくて 脳裏にやきつけろよ!

と思うのはこの世でもはや ノーダ だけなのでしょうか?

この無能なスポンサーの親たちを横目に大手の主催者は
子供たちに演技としての演奏を叩き込むのです
それが禁じ手である頭くるぐるなのです
方針主導しているのは首脳レベルのやつらです 

頭グルグル回転演奏の旅 その7

クソピアノ教師は もっと感情的にとか
体で表現しなさいとか わけのわからない指導をするので
ノーダはそういうことはやめなさいと言っている
ピアノの表現方法で感情的にとか体で表現する方法なんて
どこの本に書いてあるんだ?
楽譜に書いてあるのはリズムと音程と強弱だけじゃね?
ちがう?
ちがう?
ちがう?
もうね、いい加減にしてくださいよ
大体こういうクソピアノ教師は東京にもいて
東京代表と言う女の子がエチュードをグルグルさせながら
弾いていたし
埼玉 栃木 群馬 と首都圏から距離が増えるにしたがって
増加傾向がある 栃木、群馬、茨城辺りは壊滅的。
このあたりの子供の発表会はピアノなのか歌舞伎なのかわからないくらい
頭グルグルさせている
まだ自己流を教えるならなんとか許せますがね
うそを教えるの止めないさいよ

そう 私はかねがねピアノ教育はピアノの教師によって
違ってはいけない、まるでコンビニで買うカラ揚げのように
どこでピアノを習っても内容が同じでなくてはならないと申し上げていますが
こういうことを言うと
 
はい 純音とは単波長音で 楽音とはなんちゃらかんちゃら
3度とはなんちゃらかんちゃら  イ短調の平行調はなんちゃらかんちゃら

とクソピアノ教師達は念仏のようなくだらない教育をし始めるのです
はい、これ何年やってもまったくしゃべれない英語教育と同じです

やめろぉ! 楽典なんてやぶってしまえ! 
あ これは言いすぎた 

こういう基礎的なことは休み時間にちょろっと会話に出てくる程度で
よいのです。
教えるのは 箱です 箱

このワルツはアウフタクトで始まっていますが、
どんな意味があるのですか?
とかね
どんな意味があるかって?
子供が答えた意味なんてなんだっていいんです。
そういうふうに考える方法があるということを教えるのです

先生はこのアウフタクトは舞踏会でこれから踊りを始める
というときのヨーイドンの ヨーイの意味だと思いますが
どう思いますかと?言えば
天才の子供は
これから踊りをはじめるときのご婦人方の
最初の足を曲げるステップのところだとか
そういうことを言い出すので
あとはなるほどなるほどとか聞いていれば
良いのですね

要は考えるための箱を教えてあげればよいのです
クソピアノ教師のくだらない
価値観を押し付ける教育は
天才の才能を殺します

頭グルグル回転演奏の旅 その6

足をばたばたさせたり、頭をグルグル回転させるピアノ演奏が
どれだけ危険なことなのか?
それは、ピアノ習得者の技術的な発展の妨げ以外にも
さまざまな悪影響があるのです。

今音楽教育機関は 自分の名前がかけて授業料が払えれば
入学でき、そして卒業できます。
彼らが卒業した後
どうなっているのでしょうか?

これはある日本のA高校音楽科が公開しているの卒業後の
進路データです

就職率100%  進学率100% 

この数字をみて良い結果が出ていると思うでしょうか?
この100%と言う数字にウソはありませんが
トリックがあります。
まずパーセントというからには分母と分子があります。

例えばノーダ音楽学院の卒業生が30人いて全員東京フィルハーモニー管弦楽団に
就職を希望したとします。このとき分母は30人になります
20人東京フィルに合格しました。そうすると分子は20人になります
20÷30×100で67%となります。

A高校は就職率、進学率が100%ですから
これをみると卒業生は就職したか進学したように見えますよね
実際は違います。
この高校は分母の定義を変えています
就職率の分母は就職を希望していて就職ができた人としています
就職ができた人を分母としています
ですから就職率は100%という数字しか最初からないのです。

そう ここでおかしいと思わなければならないことがもう一つあります

就職率 と 進学率 をあわせて100でなければなりません

就職率 40%  進学率 60% 会わせて100% 全員希望の就職か進学をしました
というなら話はわかりやすいのです

実際の数字はどうなのでしょうか?
これは卒業後1年たった後の追跡進路です
A高校の音楽科は卒業生が47人
音楽関係に就職したのは3人 
大学に進学したのは24人
あとの残りは進路未決定です

この高校はよくないと思いますか
いいえ 残念ながらこの高校の進路はまだ良いほうなのです
これはここでは言いたくないのですが
でも現実を知ってほしいので書きます
この進路で就職も進学もしなかった人のうち
ほとんどは音楽関係以外のアルバイトで収入を得ます
中にはソープランドという方もいました

音楽を生活の業とするのは難しいのです
難しいがゆえに入門の道を狭めるのが
受験が厳しいと感じさせるかもしれませんが
子供たちにとって有益な進路を選択させる
道なのではないでしょうか?

しかし、そもそも音楽で生活が難しいのは
音楽家の水準の低下にあるのです
クラシック音楽というのは本当はものすごいお金になるのです
ピアノ演奏にかぎらず美しいクラッシックを聞いたときの感動は
他の追随を許さないことは誰もがうすうすでも感じているはずです。
よい音楽を追求せず ちょっとした見た目やパフォーマンスに
逃げてきた結果の今です
先人が作り上げた音楽教育を食べつくして
比較無能なピアノ教師が増えたのは悲しみであります

頭グルグル回転演奏の旅 その5

戦後、音楽教育に限らず日本の教育システムは手探りであった。
主観的ではなく、手探りの中に熱い思いが込められた教育システムは
すばらしい発展を遂げたと言っても過言ではない。

昭和中期から後期にかけての音楽教育は、日本のたくさんの音楽関係者が海外で
たくさんの経験をされ、学び、その知識や技術を授業や本にして国内に正しく配信していた。
先人たちはたくさんの教育施設をつくりあげ、
多くのものが音楽の専門教育を受けられるようにシステム構築していった。
昭和後期には学びやすい環境が整ってきたと言っても、
音楽を専門に勉強すると言うことは非常に特殊なことであり、
音楽を志すものは、幼少の頃から専門の勉強をしなければならず
高校の音楽科を受験するにはおそくても小学校の高学年の頃から
意識して学ばなければ入れませんでしたし、楽器演奏のスキルも
ほぼ完成に近い状態でなければ入学することはかないませんでした。
しかし、思えばこのことは音楽で生活することがいかに難しいこと
であるか、そして志の小さいものにとっては狭き門であるがゆえに
そうそうに適正な他の道を選択させていたということにもなりました。
音楽という厳しい世界で生き残るためには
それなりの覚悟と技術が必要でしたので教育内容も厳しく
そして、教育する側もされる側も充実したものでありました。

いきなり現在ですが、例えば高校の音楽科に入りたいとします。
準備はほとんどいりません。おそらく名前が書けて
授業料を払うことができ、アクションとしてソナチネの婦読みくらい
できれば入れると思います。
ピアノ科でもショパンのエチュードがころびまくって大車輪演奏
でも入れます。審査の先生は
音楽的にありえないと心で思っていても
しかし、生活のために彼らをピアノ科に入学させるのです。
そして音楽科を卒業した学生が
音楽を仕事にする割合は1割も満たしません

風の谷のナウシカで フカイの森が村に浸透しそうになったとき
おばばが

「燃やすしかないね」

 といいました

いまの音楽教育の世界は もやすしかないね といいたくなるくらい
腐敗しているのです。

頭グルグル回転演奏の旅 その4

ノーダです・・・・

最初から余談なのですが、
クラシックピアノとひとくくりにされていますが、
クラシックピアノにもいろいろあって
私はロマン派後期近㈹初期の リストやドビュッシーなど
おどろおどろしさのなかの美しさが好きなのですが、
ベートーベンのソナタが好きな人と
ショパンのノクターンが好きな人では
南こうせつ と TMネットワーク くらいの違いがあるし

ショパンのノクターンでも前半10番までと後半の11番以降が
好きな人では
田原俊彦 と 近藤雅彦 くらいの違いがある。

そんな前置きのなか、日本人の音楽を狂わせてしまったのは誰だか 
皆さんわかりますか?
もちろんわかりますよね

田原○彦 です

こいつの歌を聞いて喜んでいた クソ共 反省してくれ
クラシックピアノの音の尊厳を愛するノーダに謝罪してくれ

田原○彦 などと個別の名前を出して申し訳ないと思うが
どうして日本人は音痴の歌手を祭り上げるのか 
みんな 冷静にかんがえてくれよ

ノーダ おかしいこと言ってるかい?

目を覚まして遅れよ 日本人 
音楽性腐っていますよ 

と ノーダの脳内で考えたとき 
あ そうか ピアノ演奏者やピアノ教育者は
日本の社会に迎合しているだけなのか と思った。
つまり 日本人全体の音楽性がクソなんだ

何が悪いのだろう?どうしてこんなに日本の音楽シーンはクソなんだろう
 
いや わかっているんだ 
日本にはクラシックピアノの大スターがいないんだ
だから本当に美しい音楽がどういうものであるべきなのか議論すら起きないんだ
大スターが輩出されない
その底辺にあるもの それがピアノ教育者たちの腐敗
算数でも理科でも英語でもそうだけれど、
教育の時点では誰に教わっても同じじゃなくちゃだめなんだ

4分の4は 一小節の中に四分音符が4つとか
姿勢はまっすぐに手は卵をやさしくにぎったように とか
インベンション1番の11小節目の2回目のドは半音上げるのですよとか
先生によって違ってはだめ それが科目教育です
そういう基礎的なことだけ教えていれば良いのです
あなたの貧相なピアノ概念などというのは
天才の子供にとって邪魔以外のなにものでもないよ
世界にはばたける子供につまらない回転運動を教えて
地方でピアノダンスさせて はいおしまいでは あまりにも無念じゃないかい

間違えていること ノーダ 言ってるかい?


頭グルグル回転演奏の旅 3

賞味期限切れした食品に敏感な国民性に見られるとおり
日本という国は腐敗に対して公正に対応する性格を持つ

私は日本の政治は腐っていると思うがそれにしても周辺諸国と比べると
圧倒的にマシであり、過去と比べても随分改善していると思う。
経済は戦後成長し世界的なレベルに達している。
スポーツの世界でも野球やサッカーは世界的なレベルであるといえるし
動画でもアニメブームと呼ばれる文化的発展は目を見張るところである。

そんななか日本のピアノの世界は発展どころかどんどん後退しているといわざるをえない
ピアノ教師達が日々ピアノの鍛錬をしているものと信じてやまないというのに
ブログやSNSなどを見ると
やれ ランチの写真がどうだとか
やれ 生徒の主婦と食事に行ったとか、
やれ 旅行に行ったとか、

国連で扱うべき世界的な問題は現在 次の3点である

1、ガザ地区暫定政権戦闘問題
2.西岸アフリカ エボラ出血熱問題
3、日本ピアノ教師クソ化問題


日本はどうしてクラッシックピアノに対してだけは冷静な
文化発展ができないのか

Orz


日本人の音楽性は完全にいかれました

AKBとか あれ 音楽じゃなくて風俗じゃないですか
握手というふれあいを求めるために
CDと言う名の握手権を購入するなんて
そんな方々の音楽が上位を占めているのですよ
日本人は音楽だけ聴くという文化が消失して
音楽と踊りもしくは映像が融合しないと
脳内に入らないくらい
音を知る能力が衰退しました

私ね どうしてこんなこといっているかというと
クラシックピアノはお金になると思っているのですよ
そしてピアノ教師はそれだけで十分稼ぐこともできるし
尊敬される存在であれると思っているのです
しかし
日本のピアノ教師の今は自分をおとしめ、
周囲にクソをまきちらし

・・・・・いや、知っている人もいるんだ
ノーダだけが思っているのではない
海外留学した日本人ピアニストやピアノ教師は
知っている
日本のピアノ教師はクソだと
しかし きゃつらはだんまりを決めている!
なぜだ!

どうして声を上げないんだ 
全然ピアノに関係ない職業のノーダが
これだけ声を上げているのに

無念  ・・・・・・

頭グルグル回転演奏の旅 その2

みなさん こんばんわ ノーダです

身長が小さかったり、肌の色が変わっていたり、顔が整っていなかったり
目つきが悪かったり、眉毛が無かったり、心が荒れて叫んでいたり

人間が将来進化しても最後に残る弱点は 見た目で判断してしまう偏見で
あるといわれていますが、私は大人になってから自分でそんな偏見を持ったことは
無いと思うしそういうことがあって悩んでいる人がいたらやさしく
声をかけたりしていたと思います。そういう自分でありたい、
強くやさしくありたいそう思います。

でも 子供に頭をグルグル回転させて喜んでいるピアノ教師だけは許せません。
クソです。くそ。地球上から駆逐してやろうと思います。

でも、このブログを見て 子供に頭をグルグルさせるのを止めようと
思ってくれるピアノ教師がいたらそれは歓迎すべきことですし、感謝したいと思います。
そういうことがあれば本当に願ったり、かなったりです。

ピアノは科学です。 化学じゃないよ。 科学。 
事象、現象、反応、統計に基づき論理的に説明ができることです。

何度か言っていますが、ピアノは打楽器で、音を扱っている以上物理です。

ピアノが物理的に大体10本程度の指で表現できるのは 音階 音量 旋律 この3つだけです。
効率的な演奏法を単的に述べます。イスに座ったとき上体は背筋を伸ばして(軸をぶれさせない)
少しだけ上半身は左右だけに動くことができます。
肩の高さは一定でだらんと力が抜けている状態です。
手首は上下せず 鍵盤と平行にカーテンレールをカーテンの車輪がすべるように一直線を
移動します。手は指先で豆腐を握って持ち上げるようにだらんとしたような形で動かすのは
指の第二関節の上下運動のみです。

これが基礎的で理想的な演奏姿勢です。
動かしてよい関節やその方向は非常に限定されるのです。
これ以上のピアノの物理的な表現方法はありません。
繰り返します 何度でも言います これ以上の表現はピアノには無いのです。
ペダルがありますが、これは伸ばす効果として考えます。
つまり音を出した後の味付けです。
こいういうのは広いところとか建物の形とか延長して考えるときりが有りませんので
ここではペダル効果は抜いて考えます。

さて、あたまグルグル回転させるピアノ教師は
ある共通のことを口をそろえていいます。それは

頭を回転させることによって表現がつく

理由は?と聞くと指に力が乗る というのです

表現がつく? なにそれ? 表現なめてない?
回転していないとつかない表現ってなんですか?
だれか 教えてくれませんかね?
頭が回転するなかでピアノに近づいているときは
あるいは指に力が乗るかもしれませんが
回転してピアノから頭が遠ざかっているときは
絶対に力が伝わるはずがありません
しかも、回転しているのでそれぞれの指が
鍵盤に力を伝えるときにそれぞれでデフォルトの
力が変わってしまうはずです。

いいんです。ピアノ教師が個人的に頭回転させたって
それは個人の自由。保護されるべきプライベートコンテンツです
一生回って 下手なピアノでオナニーしていなさい
でも、まだ軸ができていない子供にやらせるのは

犯罪です 人殺し!このやろう! やめろ!表へでろ!!!

そういうことです

頭グルグル回転演奏の旅 その1

子供にグルグル頭を回転させて才能の芽をつぶしている
クソピアノ教師のみなさん 暑い日が続きますね
いかがお過ごしでしょうか?

今回は頭グルグル演奏の魅力が幻想に過ぎないという
内容です。よく読んで勉強して下さい。

かつてのピアノ教師は手はタマゴ型で背筋は伸ばしてという
先生がほとんどでしたが、いつしかそうとは限らないという
クソ化がはじまったのは、1980年代ごろからです。
音楽は常に進化していますが、このころの進化は
人類史上もっとも活発だったのではないかと思います。

このころに活躍したミュージシャンで 小室哲也さんという方を
みなさんはご存知でしょうか?結構有名な方で知らないという方は
もぐりの日本人じゃないでしょうか?
彼はあるとき音楽の方向性に悩んでいる新人バンドにこういいました。
バンドの音楽の方向性というのは民衆前にでるまえにとっくに決まっていて
あとはどうやったら売れるかだけ考えるものです

彼は自分のピアノ技術では到底頂点にたどり着けないことを知っていたので
もはや演奏は機械に一任してしまいました。
その結果たどりついたスタイルが以下の様になります



彼の演奏を目コピーしてみましょう。たいしたことはやっていません。バイエル20番程度です。
でも聞えてくるのはハノン60番トレモノ完成系レベルです。
話はそれますがギターの木根さんにいたっては左手がまったく動いていません。
これをみたひとはみんなびっくりしました。
楽器の演奏家で無い人はなんとなくかっこいいとびっくりし
楽器の演奏家の人は え? なにこれ? となったのです。
このスタイルの源流となったのはYMOさんあたりの影響があるのかと予想します。
YMOさんは演奏を自動化してこんなこともできるんだよと提案し。
そして小室哲哉さんらは演奏を完全に機械や他人に丸投げしたという流れです。

余談ですが、演奏の自動化とカラオケは違います。カラオケはあらかじめ
演奏を録音しておきそれを人前で再生するのです。言うまでも無く再生している
間、演奏を変えることはできませんが、自動演奏ではそこに自分の演奏をつけたしたり消したり、
音色を変えたりすることがライブ中でも録音前後でもできます。

演奏家の脳内では誰しも「ずるい」となったものですが、実際音を作っているのは小室さん
なので、そしてかっこいいし誰も口に出して文句はいいませんでした。
実際小室さんはこの後も たくさんの自身や他人への作詞、作曲で人気を博し
通帳の桁数が足りなくなるほど売り上げます。

彼の演奏を見て直ちに他の演奏家が体を動かすようになったわけではありません。
しかしその後に強い影響を与え、鍵盤演奏を聞かせる演奏から
見せる演奏へと変化させたのは小室哲哉さんであると断言できます。
そんな小室さんですが、実際に彼が生演奏するとどのようなのでしょうか?
彼の自動演奏ではない演奏を見たことがあるでしょうか?
人気のある方なのであるいは見たことのある方も多いと思いますが
このようになります。



この軸のぶれの無さは理想的です。演奏もとてもかっこよくて素晴らしいです。

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