This is a penis.

東京ツェルニーラソド

バイエル8番

それぞれに思う客観的事実とは無数にあるが
真実はひとつであって、しかしながらなかなか理解されないものであるのは
人類が無能だからというには、少し高慢であるのだろうか?
しかし、その辺のおっさんがシモネタを吐くとこの世の終わり的な
蔑みを受けるのにもかかわらず福山やキム拓がケツでも触ろうものなら
淫靡な喜びを覚えたり、教師や刑務所員のように管理する立場のものが
偉そうになってしまうといった人間の最後の偏見をのぞいても
知の勝った者が劣るものにとってその価値を
見出させる価値があるのかすら迷うのは時間の無駄とか
アドバンテージを放棄するとかそういう感覚なのだろう。
まったく虫歯にならない者が歯磨き粉や電動歯ブラシは
必要ないといってもその意味はほとんど
理解されなかったり、その方法を実行されなかったり
アインシュタインがE=mc^2だといってから
もう何年もたっているのに全然最後まで
統合できないどころか時間軸次元がまったく
無視され続けているのも
理解されるのを待つ側としては
少々じれったい感があるだろう。
それでも進んだ科学というのは
一般人には手品程度にしか見えていないし
それよりも世界中の人や動物たちは
次に食べることのできる物のほうに興味が行くことによって
本能の欲求を満たすことに時間を費やしているに
違いないのである。
そんな中インターネットで私には事件と思えるようなことが起きた。
シュレディンガーの猫の撮影に成功した というのだ。
一般に小さいものはめがねや虫めがね、顕微鏡などといった
道具を使えばみえるのだが、
この世で一番小さいタキオンとかアップクウォークみたいな
素粒子は事実上人間が直接視覚的に感じることは
できない。だから素粒子が振舞う行動や足跡を観察
してその姿を観察しようということで
行き着いたのが場所がわかるとエネルギーがわからない
エネルギーがわかると場所がわからない
という現象だった。両方確定させたときその結果を
知りえることはできないとみんなが
思いはじめたときに
アインシュタインは神はさいころを振り給わず
とか
箱の中の猫は観測結果がわからないから
箱を開けるまで猫の生死がわからないなんておかしい
とか
そういう皮肉の象徴として生まれた
シュレディンガーの猫の生死が
観測されたというのだ
そのページをよく読んでみると
ぼわっとしたサーモグラフィーのようなぼわっとした
猫の形をした画像がでている。
サーモグラフィーのようなというより
ただのサーモグラフィーじゃねぇのこれ。 
あ 今日はボッキーがこないから バイエルは
また今度ね

じゃあ またね!


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